5時帰宅部

「上手な働き方」と「上手な遊び方」について考え、実践し、発信していくブログ。 将来的に、仕事と遊びの区別なく生きていくのが目標。

塾では見栄を張って、訳分からない授業に出てはいけない。

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半年で偏差値30アップして現役合格!とか。

クラスの落ちこぼれが難関大学に逆転合格!とか。

本屋を歩いていると、このような「大学合格体験記」があふれかえっている。

しかし、その裏には何倍もの「不合格体験」が隠されているはずだ。

ところが、なぜか誰も「不合格体験記」は発表したがらない。

だから、第一志望の大学に見事に入り損ねた僕が、自身の「不合格体験記」をお話しようと思う。

 

訳分からない授業。

 

高校2年生になって、塾へ通い始めた。

家では集中して勉強できないので、塾の自習室を利用しようというのが目的だった。

自習室だけ利用することはできないので、1コマ授業をとることになった。

せっかくなので苦手な数学の授業をとることにした。

 

高校のクラスメイトが皆受けているという理由だけで、「難関大学クラス」を選ぶ。

しかし、これが失敗の始まりだった。

授業の最初から最後まで何ひとつ理解できないのだ。

ひたすらお経を聞いているような感覚だった。

お経の方がまだ理解できるのではないかとすら思った。

すぐにクラスを変わればいいのでは?と思われたかもしれない。

しかし、そのときの僕には変な見栄があって、簡単なクラスに変更することができなかった。

頑張って復習しようとするのだが、基礎が抜けているので中々理解できないし、何よりものすごく時間がかかった。

 

簡単すぎる授業。

 

受験が本格化し始めて、僕は焦っていた。

見栄を捨てて、簡単なクラスへ移るか。今の「難関大学クラス」に残るか。

悩んだ挙句、僕は前者を選ぶ。

潔く見栄を捨てたこと自体は、今考えても間違っていなかったと思う。

しかし、僕はここでも選択を間違えてしまう。

「こうなったら基礎の基礎から学んでやるぜ!」と極端な思考が働いた僕は、塾で最も簡単なクラスへと移った。

初めての授業が終わったときに、「分かる!分かるぞ!」と僕はココロ躍った。

なんだか急に賢くなった気分で、失われていた自信を急速に取り戻していった。

そのクラスに通うことがすっかり心地よくなった僕は、しばらく受講した後に、あることに気が付く。

そう成績が一向に上がらないのだ。

それもそのはず、授業でやる内容はすでに頭に入っていたのだから。

 

やっと自分にあったクラスを見つけた。

 

最終的に、僕は真ん中のレベルのクラスに落ち着いた。

初めて聞く話もたくさんあったけど、真面目に聞いていれば理解することができた。

知らない知識がどんどん身に着いていく感覚があった。

これが本当の勉強なんだと感動したし、単純に新しい知識を身に着けるのって楽しいと感じた。

そして、苦手だった数学の成績が少しずつ上がり始めた。

しかし、第一志望の大学には届かなかった。

 

クソみたいな見栄はすぐに捨てるべし。

 

なんとか別の大学に合格はできたものの、早くクラスを変わっていれば、もう少しマシな点数がとれていたかもしれない。

受験に、変な見栄はいらない。

友だちにカッコつけたってしょうがないのだ。

どんなに良く見せても(僕の場合は「難関大学クラス」を受講すること)、本番でたちまち本当の実力はばれてしまう。

 

全く理解できない授業は、その授業を受けている時間をドブに捨てているようなもの。

着実に実力をつけている他の受験生にどんどん差をつけられている。

真面目に聞いてもさっぱり理解できない授業は、何の役にも立たない。

 

たしかに、見栄を捨てて簡単なクラスに移るのには勇気がいる。

だけど、不合格になることを思えば大したことない。

自分にとって「見栄をはること」と「大学に合格すること」どちらが大事か、少し考えれば分かるはずだ。

 

簡単すぎるクラスもダメ。

 

かといって、簡単すぎるクラスを受講してはダメだ。

僕の場合は一番簡単なクラスに移って、問題をスイスイと解いていた。

この解けるっていう感覚は確かに気持ちいいし、自分はできると錯覚することができる。

できればこの気持ちいい状態で、受験本番を迎えたいという気持ちもよく理解できる。

しかし、この気持ちよさにハマってはいけない。

結局、基礎のレベルから抜け出せないままで、本番の入試では全く歯が立ちませんでした、ということになりかねない。

新しい学びがない授業は、何の役にも立たない。

 

まとめ。

 

すごく当たり前のことだが、授業の目的は「新しい知識をつけて、解けない問題を解けるようにすること」だ。

その点では、「全く理解できない授業」も「新しい学びがない授業」もどちらも、上記の目的を達成できていない。

そういう意味で、僕は受験期に膨大な時間をムダにしたと言えよう(自分で書いていて、涙がでそうになった)。

どの授業をとるか迷っている人は、とりあえず授業を受けてみて、「初めて聞く話だけど、真面目に聞けば理解できるなあ」と授業中で何回思えるかで判断するとよいかもしれない。

 

このような話は当たり前のことすぎて、多分巷の「合格体験記」には載っていないと思う。

ところが、僕が犯したミスは、案外他の人も陥りやすいんじゃないかと思う。

この「不合格体験記」を読んで、後世の受験生が同じミスを犯さないことを祈るばかりだ。

「昔、バカな受験生がいてさ」と笑い話になれば、本望だ。