5時帰宅部

「上手な働き方」と「上手な遊び方」について考え、実践し、発信していくブログ。 将来的に、仕事と遊びの区別なく生きていくのが目標。

【島の山旅】広島湾に浮かぶ島がバウムクーヘン伝来の地って知ってた?似島(にのしま)の安芸小富士を目指す。

似島(にのしま)ってどんな島?

 

島の山旅 第4弾は「似島(にのしま)」。

1泊2日で厳島(いつくしま)を巡ったのだが、その帰りに厳島の隣にある似島という島に立ち寄ってみることにした。

 

なお、厳島の旅の様子はこちらから。 

www.gojikitakubu.com

 

www.gojikitakubu.com

 

似島の概要は次の通り。

「・広島港の南、約3kmに位置する。

広島市内の島としては最も大きい。

・人口は1168人、世帯数は662世帯(いずれも2006年4月末現在)。

・島の北側には安芸小富士(あきのこふじ)と呼ばれる山(標高278m)がある。

・江戸時代には、荷継ぎの港として栄え「荷の島」と呼ばれていた。これは、広島湾が遠浅で、大きな船舶が岸まで入れなかったためで、一度似島に荷を下ろし、そこからより小さな船で本土へと運んでいたという。(中略)後に「富士山に似た山のある島」から来ているといわれる似島の表記が定着する。

・島内にはバスやタクシーなどの交通機関はない。

・島内には信号機が一つも設置されていない。」

似島 - Wikipedia

 

今回は、似島港から、似島の最高峰の安芸小富士(標高278m)を目指す。

安芸小富士の場所はこちら。

 

 

トレッキング概要

 

<登った山>安芸小富士似島

<とき>2017年11月12日(日)

<メンバー>単独

<天気>晴れ

<ルート>安芸小富士登山コース(似島港→家下登山口→安芸小富士山頂→家下登山口→似島港)

<行程>

11:20 似島

11:25 家下登山口

12:00 安芸小富士山頂

12:35 家下登山口

12:40 似島

 

コース詳細はこちら。

似島登山情報-似島汽船株式会社

 

似島までの道のり

 

広島港から、正面に見えるのが、安芸小富士

確かに富士山みたいにきれいな三角形をしている。

f:id:ryou-m:20180709210458j:plain

 

思ったより近い。

広島港から南に約3kmしか離れていない島なので無理もない。

 

広島港の第5桟橋へ向かう。

f:id:ryou-m:20180709210530j:plain

 

似島汽船のフェリー「第十こふじ」に乗り込む。

広島港と似島港を20分で結ぶ。

f:id:ryou-m:20180709210557j:plain

 

いざ出発。

f:id:ryou-m:20180709210622j:plain

 

安芸小富士がどんどん近づいてくる。

f:id:ryou-m:20180709210645j:plain

 

見る方向が変わってもきれいな三角形を保つ安芸小富士

f:id:ryou-m:20180709210708j:plain

 

似島港が見えてきた。

f:id:ryou-m:20180709210732j:plain

 

トレッキング詳細

 

11:20 似島

似島港に上陸。

f:id:ryou-m:20180709210830j:plain

 

港を降りて左手に進む。

f:id:ryou-m:20180709210850j:plain

 

しばらくいくと、「安芸小富士登山」の標識が出ている。

f:id:ryou-m:20180709210911j:plain

 

11:25 家下登山口

狭い路地を抜けると、登山口が現れ、登り始める。

f:id:ryou-m:20180709210937j:plain

 

f:id:ryou-m:20180709211005j:plain

 

f:id:ryou-m:20180709211028j:plain

 

少し登ってきたところで振り返る。

f:id:ryou-m:20180709211048j:plain

 

似島へ行ったあと、この島について詳しく調べてみると、実は戦争と深いつながりのある土地であることが分かった。

 

似島は、明治28年日清戦争帰還兵が疫病を持ち込まないように陸軍検疫所が設けられてから軍の島となった。

(中略)

米軍の原爆投下時には、1万人を超す被災者が似島に運ばれて治療を受け、そのまま亡くなった人たちの慰霊碑もある。」

発行者:辰野 勇, 『しま山100選 登山で見つける、新しい島の魅力』, 株式会社ネイチュアエンタープライズ, 2017年, p.55.

 

似島港の反対側には、検疫所の遺構などが数多く残っているとのこと。

また、検疫所跡地には、似島学園が設立されたが、それは原爆投下により生じた戦災孤児や戦災浮浪児に対する福祉を目的としたものだったそうだ。

時間があればそちらも見たかった。

 

頂上が近づくにつれ、ザレ場のようになってくる。f:id:ryou-m:20180709211128j:plain

 

f:id:ryou-m:20180709211302j:plain

 

先ほど上陸した似島港が見える。

f:id:ryou-m:20180709211408j:plain

 

12:00 安芸小富士山頂

頂上へ到着。

f:id:ryou-m:20180709211429j:plain

 

頂上は少し開けた場所になっている。

f:id:ryou-m:20180709211455j:plain

 

小さな島を取り囲むように、カキ筏が浮かべられている。

似島はカキ養殖が盛んな島だそうだ。

f:id:ryou-m:20180709211518j:plain

 

広島市街地も見渡せる。

f:id:ryou-m:20180709211544j:plain

 

頂上でのんびりして、下山開始。

f:id:ryou-m:20180709211606j:plain

 

12:35 家下登山口

12:40 似島

似島港に着いた。

f:id:ryou-m:20180709211633j:plain

 

フェリーが来るまで少し時間があったので、港の辺りをうろうろ歩いていると、こんな看板を発見した。

「菓子伝説の地 似島へようこそ」?

f:id:ryou-m:20180709211655j:plain

 

どういことか調べてみると、こういうことだった。

 

「現在の少年自然の家は、戦時中『第二検疫所』があった場所で、第一次世界大戦時にはドイツ軍の俘虜(捕虜)収容所にもなりました。そのドイツ人捕虜の中には、マイスターの資格をもつ菓子職人のカール・ユーハイムがいました。市内の物産陳列館(現在の原爆ドーム)でドイツ人捕虜による展示即売会が開かれた際、ユーハイムはバター味を控えたバウムクーヘンを販売しました。当時の人々はそのおいしさに押すな押すなの大行列で、大変な人気を博しました。これが、日本でのバウムクーヘンの始まりです。」

「タウンガイド」より

※少年自然の家似島にあるキャンプ施設。

 

なお、ドイツ人捕虜からサッカーも伝わり、似島中学校は1970年の第1回全国中学校サッカー大会で準優勝するほどの強豪校だったみたい。

広島がサッカー王国となったのも、この島と深い関係があるそうだ。

 

人と猫の絶妙な距離感。

f:id:ryou-m:20180709211727j:plain

 

そして、フェリーに乗り込んだ。

f:id:ryou-m:20180709211748j:plain 

まとめ

 

 今回の島は、厳島の帰りに少し行こうという軽い気持ちで来てしまった。

 だけど、実際、安芸小富士に登ってみると、登山道は整備されているし、頂上からの展望もよかった。なにより、戦争と深いつながりのある場所で、その面影が数多く残っている、とても興味深い島だった。

 家に帰ってからその魅力に気づいたので、後でもう少しゆっくり回ればよかったと後悔している。

 

注意

 

登山をされる場合には、自身の登山経験と技術に見合ったコースを選択し、十分な装備を持って臨みましょう。